tofubeats「水星」はテン年代のブギー・バックらしいです ~カバーされる名曲たちとその魅力~

カバーされる名曲たちとその魅力

原曲に尊敬の念を込めながら、名曲を自分たちなりにアレンジして世に放つカバーソング。

世の中に星の数ほどある名曲の中から、よくカバーされる楽曲をmoraスタッフが自らが選び、その原曲とカバー曲の魅力を紹介するコーナーです。

※mora カバーアルバム特集はこちら


 

 <紹介する楽曲:水星>

tofubeats 「水星」

AAC [320kbps]

時代の空気感を代弁する曲が各年代ごとに生まれてくるとしたら、2010年代の日本代表には間違いなくこの曲の名前が挙がるはず。様々なリミックスが存在しており、カバーも同様なのですが音源としてリリースされているものは実は少ないです。現代は動画サイトで誰もがカバーを発信できる時代なので、それも含めればこれからも無数のカバーが生まれていく楽曲だと思います。

またこの曲を聴いて多くの人が連想するのが『今夜はブギー・バック』だと思います(※moraでは配信無し…!)。時代のアンセムとも呼べるほど浸透している事に加え、楽曲自体にも共通点があるので今回は比較も交えつつ、「水星」の魅力に迫りたいと思います。この楽曲を聴いて感じたことを率直に綴っているので、世間一般の解釈や作者の意図とは食い違ったり、あるいはまったく一致するかもしれませんが、この楽曲やそのカバー、Remixに少しでも興味をもつきっかけになったら幸いです。

 

<紹介するmoraスタッフ>

・名前:銭湯ハンター
・年齢:20代後半 『今夜はブギー・バック』をリアルタイムで知らない
・性別:男性
・趣味:銭湯、担々麺巡り マイブームはハンバーガー
・担当:mora邦楽ページ編成 
      しかし歌詞に対する感受性に乏しく、普段は歌もほぼ音としてしか聴こえない

 

 『水星』と『ブギー・バック』の共通点

サンプリング、コード進行1発モノである

まず「水星」はずっと一定のコード進行で成り立っている楽曲です。細かい部分を省略してその骨子となっているのは Ⅳ△7 – Ⅲ7 – Ⅵm – I7  の進行。超キャッチーかつオシャレ、アーバンかつ切ないシティな響き……ギターでもピアノでもついつい鳴らしてしまうこのコード進行のオリジナルとしてよく名前が挙がるのが、Grover Washington, Jr.の『Just The Two Of Us』です。これはmoraでハイレゾまで配信されてます。よかった……

Grover Washington, Jr. 「Winelight」

AAC [320kbps]

FLAC [192.0kHz/24bit]

この楽曲を知らなくても、誰もが知っているこの進行の代表曲がありますよね。そうです。『丸ノ内サディスティック』です。今回の企画ではこちらを取り上げた方がよかったんじゃないか、というくらいカバーも多く、大学生達がバンドでコピーしたりOLがカラオケで歌いがちな超名曲です。気になる方はコチラからどうぞ。

椎名林檎 「無罪モラトリアム」

AAC [320kbps]

最初から最後までほぼこの進行で成り立つ曲が多い事からも、非常に魅力的なパターンである事がわかります。さらに気になる方はネットで調べれば、きっと沢山該当曲が出てくるはず……

『今夜はブギー・バック』も、最初から最後まで同じコード進行です。こちらはよりシンプルで、例えばギターを始めた方でもすぐ弾けると思います。

コード進行一発モノという言葉があるのかわかりませんが、このようにシンプルな4コードだけで楽曲が成り立っているパターンは特に洋楽に多いように思います。Maroon 5の『Payphone (feat. Wiz Khalifa)』やTaylor Swiftの『We Are Never Ever Getting Back Together』など、近年のものだけでも枚挙にいとまがないですね。細やかでテクニカルなコードチェンジはJ-POPの美点なのですが、ひたすら同じ進行一発の楽曲は統一感やパワーがありますね。

 そもそも『水星』も『ブギー・バック』も、サンプリングを元にした楽曲なので同じループの繰り返しが中心となっています。元ネタは……moraで配信がないのでここでの紹介は割愛いたします。『水星』の元ネタは有名ですが、初めて知ったときは歌ってる人に驚きました。

ラップである

非常に雑なくくりですが、共にラッパーをフューチャリングした楽曲のため、正式な曲名は意外と長かったりします。サビには深い意味を持たせない同じ歌詞の繰り返し、という構造も似ています。メロディーよりも語り口に近いラップの方が、同世代の言葉として共感を得やすいのではないでしょうか。シンプルな繰り返しのサビも、みんなで合唱して盛り上がりやすいシンボリックなものとしては機能的かと思います。

またラップである事は、歌唱の敷居を下げて歌の上手い下手によらず誰でも参加しやすい楽曲になっている大きな要因でしょう。

 


 

―――意外とすぐに共通点のネタがつきました…そもそも上記の共通点も、ひとえにHip Hopの一言で片付きますね…

2曲を例えばロケーションで対比すると―――『ブギー・バック』は何となく、渋谷を歌ってる気がします。リアルタイム世代でないどころか、発売当時の1994年は田舎の保育園に通っていたスタッフが知る由もないのですが、渋谷系という言葉もありますし…

でも『水星』は……? オノマトペ大臣のリリックに新宿が出てきますが、この曲が新宿について歌ったものかというと全然そんな気がしません。PVのロケ地、tofubeatsさんの地元神戸ですし。

ただ新宿と同じくだりに、「i-pod i-phone」や「データの束」という言葉があります。そもそもこの歌の背景として、音楽をCDで聴くこと自体がもう多くの人にとってリアルではないネット社会、ネット世代を歌っていることが前提となっています。他にも「あの子が気になる動画の中」の「動画」という言葉も今だから自然に響くわけで、ブギー・バックに同様のラインが入るとしたら「映画」や「TV」、もしくは「ビデオ」といった言葉が選ばれていたでしょう。

『水星』の舞台は、特定の街や住んでいる地域による差異がネットの発達などにより薄まった現代なのです。ある程度の背景が共有できていれば、誰の街のBGMにもなり得るはず。実際に先述のPVも、『ブギー・バック』と違ってHip Hopやダンスフロアなノリ、演奏シーンなどは一切出てきません。

 

 

また楽曲を通して印象的な楽器、音色について―――『ブギー・バック』は跳ねるようなピアノと、サンプルのようにミニマルに鳴り続けるカッティングギター、『水星』はエレピの白玉+シンセの単音のメロディがメインとなっています。『ブギー・バック』の方がより踊るための作りになっていることがわかります。『水星』のノリは、そういったファンキーなものとは違います。オートチューンが全編にわたってかけられたボーカルも、生々しさのようなものを意図的に排除しているようにすら聴こえます。日本全国にオートチューンの「ケロ声」を浸透させたのは言うまでもなくPerfume中田ヤスタカの功績ですが、楽曲単位でオートチューンが印象的なものを選んだら、『水星』もかなり上位に食い込むのではないでしょうか。

この音数の少ないイントロ(元ネタそのままですが)、そしてサビのメロディは我々の世代に蔓延する意識や、一種のやるせなさのようなものまで内包しているように聴こえます。「ゆとり」ならまだしも、「さとり世代」ってすごい言葉ですよね…… 歌詞ではなくメロディーだけでここまで時代を代弁していると感じる楽曲は、なかなか思いつきません。スタッフ個人的には、ここが『水星』の一番すごいところだと思います。

 


 

長々と書いてしまいましたが、本題であるカバー曲の紹介です。

 

 

もう一つのオリジナル?よりエモーショナル&キュートなYoung & Fresh mix

「水星(Young & Fresh mix)feat. 仮谷せいら」

AAC [320kbps]

いきなり同じパッケージの2曲目を挙げるのは暴挙かもしれませんが、知らない方がいたら是非こちらも聴いてほしいので… ジャンルの性質上、『水星』のパッケージには「○○mix」が複数収録されています。このバージョンはPVに出演している仮谷せいらさんが全編を歌唱しています。岡崎体育のミュージックビデオにおける女の子の演出講座をそこはかとなく押さえたPV、めちゃくちゃ可愛いです。そんな彼女が歌ってくれるんだから好きにならないはずがありません。オリジナルのオートチューンボイスとは対照的に、ラップではたどたどしさもグルーヴに取り込むような躍動感、サビではメロディーをより切なく伝えてくれます。
個人的にフルで聴いたのはこちらが先だったこともあり、正直オリジナルよりも好きかも……いや、好きです。

 

全く別の歌詞で別のリアルを描く、夜の水星

DAOKO 「水星」

AAC [320kbps]

FLAC[96kHz/24bit]

当時現役女子高生シンガーとして鮮烈なデビューを果たした、メジャー1stアルバムの1曲目。まずイントロはオリジナルをサンプリングしながらも音数が増えており、ベルやミュートギターの音色がアーバンな夜のイメージを掻き立てます。そして歌いだしてびっくり。なんとサビ以外の歌詞が全然違います。1行目からいきなり小田急線という固有名詞を入れ込み、「今から全然違うこと歌います!」と宣言しているのがある意味わかりやすいです。女子高生目線の歌詞と思いきや、会社で接待といったワードが使われていたり。
聴く人によっては、こちらの方がよりリアルを感じられるかも。

 

「宅録女子」がピアノ弾き語りで静かに紡ぐ水星

 

ラブリーサマーちゃん 「水星」

AAC [320kbps]

「ネット発の宅録女子」というキャッチーなフレーズと共に現れたラブリーサマーちゃんの、これまたメジャーデビューアルバムに収録されたピアノ弾き語りスタイルでのカバー。いわゆるピアノの弾き語りとしてイメージするものに比べ、ローファイな質感や絶妙に重なりながらパンチインするボーカル(ソロの弾き語りとも一般的なコーラスとも違うような、分身しながら歌っているような不思議な効果!)など一筋縄でいかない要素はこれぞ宅録といったおもむき。以降のリリースでも、カバー曲の収録は恒例になっています。
ちなみにアルバム1曲目の『あなたは煙草 私はシャボン 』は正に、『水星』と同じコード進行が使われています。名曲ですのでこちらもぜひ聴いてみてください。

 

アップテンポで軽快にさらりと歌い上げる水星

堀越千史 「水星」

AAC [320kbps]

FLAC[48kHz/24bit]

映画『溺れるナイフ』の挿入歌として使用されたカバーで、歌うのはミスiD2015「山戸結希賞」を受賞した堀越千史。ワンコーラス分の長さなのが勿体ないですが、ピアノの逆再生のようなイントロに始まり、原曲よりもアップテンポかつ打ち込み中心の軽快なトラック、そしてさらりと歌い上げるようなボーカルによって、切ないはずなのにどこか明るくさえ聴こえるような不思議な仕上がりになっています。

 


 

これからもテン年代を代表する1曲として、様々なカバーが生まれ歌い継がれていくに違いない『水星』。今宵はぜひ、様々な歌声による水星へのトリップを味わってみてください。